伊予鉄道の廃線跡

愛媛の「鉄」の紹介 > 伊予鉄道の話題 > 伊予鉄道の廃線跡 > 道後鉄道
 
【9】 道後鉄道(大街道〜道後温泉)

 

カシミール3Dから転載。航空写真は国土交通省のサイト「国土情報ウェブマッピングシステム(試作版)のご利用に当

  

(左1)道後鉄道は明治28年に開業し、明治33年に伊予鉄道と合併している。当時は大街道から勝山町まで出た後は、愛媛銀行方面(バスの方向)へと進路をとっていた。

(右2)愛媛銀行の裏手はこのようになっている。道路幅が狭く、一方通行になっているが、ゆるやかなカーブが線路跡と推測できる。なお、この経路に関する推測であるが、当時は電化されておらず(明治44年電化)、勾配緩和ではないかと思われる。大街道が標高25メートル、勝山町から道後一万までは標高30メートル線の縁を登り、道後一万から道後温泉までは標高35メートル線を迂回するように登っている。

  

(左3)道後一万交差点・・・この交差点で松山電気軌道が高架で通り抜けていた。

(右4)道後一万からさらに北東方向へ緩やかにカーブが続くが、道後温泉駅まであと700メートルほどのところで道が途切れる。

  

(左5)かつての道後鉄道跡をそのまま緩やかにカーブを伸ばしていくと、(5)の位置に斜めに建つ家が見える。それがこれである。そのまま(6)(7)方向へと線路が延びていたと思われる。

(右6)上の(5)からさらに現在の道後温泉駅方面へと伸ばしていくと、この場所に出る。若干左手へカーブしていくのがわかる。そのカーブを伸ばしていくと(5)へと行き着く。

  

(左7)上の(6)の反対側、道後温泉駅方面へと緩やかにカーブしている。

(右8)道後温泉駅裏手の車両留置場・・・かつては、こちらへ向かって電車(列車)が出発していた。

(2009.04.26)

このページのトップへ >>