2006秋バースデイきっぷ旅行記(1日目・前編)

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2006秋バースデイ切符1日目・後編へ

     

(以下の撮影日は特に説明がなければ旅行日)

旅のプロローグ

今年もバースデイ切符の季節がやってきた。ただ、10月といえば、同時にイベントの季節であり、台風の季節でもあるのだ。今年は第1週が松山地方祭、第3週は恒例の学校行事、第4週はかずまる2号を預かることになっており、結局第2週のこのときしか時間が取れなかった。来年も、第4週を除くと基本的には今年と同じ周りになるのだが、来年の10月13日(土)はJRか伊予鉄道の「鉄道の日」イベントがあるかもしれない。

一方、今年も台風の影が見え隠れした。一度は14日(土)〜16日(月)の切符を購入したものの、台風の影響を考え、1日繰り上げた。が、幸いこの場合は手数料を取られることはなかった。そして、台風も結局は来ることはなかった。今年の日程はズバリこのとおり!昨年とほとんど変わっていない。

10月13日(金)単独
松山719(8MG)921宇多津936(33DGA)1245窪川1322(4843D)1521宇和島1550(1068DGA)1711松山

10月14日(土)
松山719(8MG)913多度津914(1008M)945高松947(65DY)1056徳島1155(15DY)1305阿波池田1307(44D)1350宇多津1403(13M)1614松山

10月15日(日)
松山719(8MG)936児島956(3137MG)1026高松1139(1013D)1201宇多津1205(9DGA)1405松山

(凡例)「G」グリーン車、「A」アンパンマン列車、「Y」ゆうゆうアンパンマン

10月13日(金)松山〜宇多津間8M特急しおかぜ8号

今回は10月13日(金)から15日(日)まで3日間8Mを利用する。まず13日の8Mは1号車1Aという特等席。このリニューアル車両は「木をふんだんに使った」とあったが、当初はニスか何かの臭いがきつく、昨年夏に1032Mに乗車した妻は気分が悪くなったという。見かけはともかく、トイレもきれいになっただけに、少々残念なところではある。

  

(左:松山駅での8M、右:8M8号車グリーン席の車内)

最近はインターネットで全国の特急列車の空席状況が判るようになっている。明日14日が「鉄道の日」ということかどうかは知らないが、15日にかけて、どの便もほぼ満席となっているのだが、今日は指定席をとった3便は全てがらがらである。

ともかく、約半年振りの8M乗車である。今回は「再会」をテーマに追ってみることにしようと思う。というわけで、まずは、8Mとの再会。多分2〜5号車ではかつての同僚達が満員の通勤列車に揺られているのだろうが、私はグリーン車にふんぞり返る。

さて、8Mは浅海で1001Dとすれ違う。この1001Dには3年前の夏の日曜日に一度乗車したことがある。8M通勤時代は、このあたりではほとんど夢の中であり、案外1001Dとのすれ違いを見ることはない。8Mの松山発が7時19分で今治着が7時55分、浅海通過が7時36分だから、ここで起きていたら、その日は眠れなかったというでもある。が、昨年11月30日朝に伊予亀岡で人身事故があって、前を走る512Mの関係で、浅海駅で運転停車をしたことがあった。このときの車内を見ると、自由席3両の割には案外混んでないような印象があった。松山での勤務が8時30分から17時15分の場合、帰りが30Mの18時44分では、ほぼ1時間の無駄時間が生じる。だから、案外30分遅れの時差出勤者が多いのだろうか。次の1003Mに今治から平日に乗車したことが一度あるが、このときは17M並に乗客がいた。ただ、17Mと違うのは、伊予西条方面からの乗客が大量に今治で下車することだろうか。

このような思い出のある1001Dだが、実際には宇和島でも毎日見ている。特急いしづち唯一の宇和島直行便だからである。朝高松を出発した1001Dは宇和島から1058Dで折り返し、その日はそのまま松山〜宇和島間の運行に着く。そして、翌日1051Dを皮切りに、最後は1072Dで松山に到着した後は1時間ほど松山で休んで、1034Dとなって高松へ帰っていくのである。宇和島発高松行きの直行便がないのは釈然としないが、そこはJRの苦しい車両運用がある。

  

(左:浅海で1001D退避(但し写真は10月14日撮影)、右:1008M高松行きのS編成)

個人的には1032Mと1034Dの運用をひっくり返せば問題ないと思う。1032Mは、その前の30Mが満席であるのをヨソに、何時見ても空いている。だから、1072Dを1032Dとして、宇和島から高松まで直行させて、次の1034Mを8連で高松へ行かせればいいのでは?と思う。が、そうならないのは、19時30分頃から1時間ほどは2000系の松山での予備車がなくなるからではないか?と思ったりするのだがどうだろうか。

話は少々脱線したが、ともかく、今日一日中は松山〜宇和島間を往復しているということは、今日の帰りの1068Dでは双岩で再会することになる。四国を一周するのに、逆方向でまた再会するというのも考えてみれば興味深い。実際、今日のような行程で四国一周をすると、松山に戻ってきたときに、違う駅に降りたような、とまでは大袈裟ではないが、なんだか帰ってきたという印象がないような気がする。

今治に7時55分到着。なかなか発車しない。多分相当乗客の入れ替えがあるのだろう。今治を出たところで、多分車内も空いてきただろうと、5号車に出かけると、案の定西条へと通勤するK先輩と再会する。しばし、雑談の後、伊予西条が近づいたところで8号車へと戻る。

西条は明日から地方祭である。勇壮なだんじりの行進を2年連続で追いかけたのだが、今年は最終日が月曜日になる。最後まで行くことを検討したのだが、結局はかずまるを月曜日に休ませることを断念することになってしまった。だから、明日、明後日と車窓から祭りの風景だけでも見せようと思う。

宇多津9時21分到着。ここで、8Mと1008Mに分割されるのだが、私はここで下車して、33Dアンパンマン列車に乗車する。この列車も1号車1Aに座る。ちょうど2005Dで高松から宇多津までの運転士と、「指導」と書かれた腕章を付けた指導運転士が乗り込んで、運転席に3名がそろう。指差を3名が一斉に行うところを後ろから眺める様は、真面目なところ申し訳ないが、滑稽さを感じざる得ない。多度津で2005D運転士が下車。変わって車掌がやってきて、そのまま土讃線へと入る。

  

(左:宇多津駅に到着する33D【拡大可】、右:33Dからの車窓、36Dとのすれ違い)

10月13日(金)宇多津〜窪川間33D特急南風3号

予讃線の2000系になくて、土讃線2000系にあるもの。それは車内観光自動案内である。琴平に停車する場合には「讃岐の金刀比羅さん」と放送が入るし、大歩危に近づくと大歩危の車内案内が入る。これは予讃線にはないものである。というより、予讃線にはそれらに匹敵する観光ポイントがないのかもしれないし、ビジネス客で手一杯ということなのかもしれない。

列車は塩入から猪ノ鼻トンネルへと越えていく。昨年はここと東側にある東山峠との峠越えについて検証してみたが、やはり坪尻からの鮎苦谷川が相当深いところにあるというのが、トンネルの長さを抑えることで決定的だったんだろうと思う。確かに、乗車して見ると、高いところを走っているように思えるが、地図を見る限り標高を抑えて、トンネルを短くできることで、猪ノ鼻ルートが採用されたのだろう。

さて、この33Dはアンパンマン列車であるのだが、土曜日だけが4連で、あとは3連で運転される。また、3号車2100型車両には禁煙スペースが設けられている。8000系のような大きなものではないが、これで禁煙を望む乗客は助かったのではないだろうか。土讃線の2000系は3連が基本編成となっており、1号車にグリーン車が連結された場合、2号車1〜7番席が指定席車となる。これで3号車が喫煙の自由席だったら、禁煙自由席は2号車の8〜17番席のみの40席だけとなる。

土讃線利用者にどのくらい喫煙者がいるかは判らないが、予讃線松山〜宇和島間1072Dを例にとると一目瞭然である。1072Dは伊予大洲で禁煙車である2〜3号車はほぼ満席となる。従って、内子から乗車してくる者は高校生であっても4号車へと移動する。しかも、伊予市で下車する者がいるとしても、終着松山で4号車を見ると、がらがらとまではいわないが、かなりの空席がある。今や、そのくらいまで禁煙車を望む人が増えた。なにしろ、松山〜今治間の通勤客の場合、普段タバコを吸う者であっても、他人のタバコが気になるとかで、喫煙席へ座る者までいるのである。JR四国もさすがに、平成23年度をめどに2000系にも禁煙スペースを設置、平成20年3月をめどに185系を全面禁煙にすることを発表した。が、それによって、禁煙自由席が増えればよいのだが、編成そのものがカットされてしまっては元も子もない。最近予讃線松山〜宇和島間TSEが3連化されたが、他の車両に波及しないことを望むものである。

  

(左:箸蔵で運転停車、38Dとのすれ違い、右:吉野川)

それと、この33Dはやたら特急退避が多い。箸蔵で38D、土佐岩原で40D、46Dにいたっては須崎で6分停車する。おかげで昨年はここで年賀状写真がゆっくりと撮影できたものである。

土佐岩原で運転停車した後はまもなく豊永駅を通過する。昨年はここでキハ58系国鉄色の臨時急行「土佐」とすれ違ったが、ここを過ぎると国道439号と越える。四国で最も長い国道は何か?実はこの国道439号である。徳島から延々山中を越えて、まるで林道かと思うほどに、狭隘な道路、急カーブで四国山地の南側で峠を越え、最終的には四万十市中村へとたどり着く。国道439号は最初の徳島市内こそ広いのだが、すぐに1車線の酷道へと変貌する。そして、また、予土線で会うことになるのである。

この土讃線は、池田で吉野川に出会い、大歩危小歩危を含めて、ずっと川に寄り沿っているから、最後まで吉野川だと思うのだが、実際には豊永の次の大田口を過ぎ、和田トンネルを抜けると、そこに見える川はすでに吉野川ではなく、支流の穴内川である。次の大杉ではさきほどの国道439号が国道32号から別れていく。分かれるとすぐにトンネルに入って、向こう側に高速道路のインターがあるのだが、そこに見える川は吉野川である。山一つを隔てて、穴内川は南下を続ける。

さらに、大杉を過ぎると、次の土佐北川までの間は最近線路を付け替えている。すくなくとも、昭和50年の航空写真では付け替える前の写真である。現在は線路跡が道路になっているが、穴内川も相当災害の多いところなのだろう。今年も大雨になると、阿波池田〜土佐山田間の運休がめだった。そして、土佐北川、角茂谷、繁藤を過ぎると、いよいよ穴内川とも別れて、トンネルに入り、オメガループで一気に土佐山田へと下る。

  

(左:土佐岩原で運転停車、40Dとのすれ違い、右:川の上に設けられた土佐北川駅)

このあたりまでは目を凝らしていたのだが、土佐山田が近づくにつれて、さすがに眠くなってくる。今回は不覚にも、今朝から少々肩が凝る。風邪をひきかけているのかもしれない。1Aという特等席で寝るのももったいないのだが、別に寝たところで誰に迷惑をかけるでもない。

ということで、次に気づいたのは、須崎であった。あらら、高知でかつおのたたき弁当を、斗賀野でセメント工場引込線跡を、吾桑で岩肌にへばりつく工場群を、と思ったが、全て夢の中。それどころか、再びうとうとして、気がついたら、すでに土佐久礼を通過してしまっていた。あと15分で下車しなければならない。しかも、さきほど1号車のトイレの水が流れないと思っていたら、目が覚めたときに、車内放送で1号車のトイレが使用禁止になっていることを告げていた。

仕方がないので、窪川までがまんして、12時45分に下車する。この33Dは特に何を待つでもないのに、この窪川でも12分停車する。予讃線ではありえない話である。1051Dの卯之町で4分、22Dの八幡浜で2分ほど意味のない停車はあるが、それにしても、さきほどの須崎で6分、窪川で12分とはまた盛大な停車である。鳥取県、島根県で山陰本線の高速化が行われたが、この高速化には、両県の補助があったと聞く。高知県でも高知〜窪川間の高速化、愛媛県でも伊予大洲〜八幡浜間の高速化(伊予大洲〜宇和島間は高速道路の延伸を考えると、高速化をしても無駄と思われる。)が考えられるのだが、多分無理だろうな、と思う。仕方がないので、机上でダイヤ改正してみようかと思う。【1日目・後編へ続く】(2006.10.23)

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