松山〜今治間の近況報告(2004.06〜09)

     
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2004.09.29(水)
今朝の8Mが今治到着直前に、「Islandしこく」さんから、6Mが新居浜で運転打ち切りになっているという情報をいただいた。案の定今治駅では8Mは伊予西条行きになっていた。その後、特急が運休になり、普通列車も午後4時の松山行きが最終という情報がはいった。というわけで、私は知人の車で帰宅した。

2004.09.28(火)
本日の21Dは今治駅発3分遅れの19時36分であった。ホームに立っていると、勤務中の車内清掃職員と勤務が終わって、松山まで帰る車内清掃職員が「明日は、午後から運休の可能性があるため、宿泊できる準備をするよう」話していた。なお、「Islandしこく」さんからの情報で、日曜日に鳥と衝突してフロントガラスにひびが入って、伊予西条で7号車とともに切り離されたとあった。今日の8号車は一般塗装車であった。伊予亀岡運転停車は19時46分、1032Mは同48分通過、21D同49分同駅発であった。この後21Dはついにこの3分を松山まで取り戻すことができなかった。今治〜松山間最速34分で走る数少ない列車に2000系9Dがあるが、それはダイヤ上の話であった、8000系の場合はある程度遅れを取り戻せるが、それが2000系の限界なのかもしれない。

2004.09.27(月)
本日の23Mは2分遅れで今治到着。伊予亀岡運転停車時刻は20時55分、だが、1034Dも少々遅れて20時57分爾通過し、23Mも同分発。三津浜通過は21時15分であったが、松山駅手前信号待ちの停車がやたらゆっくりで、18分になる。が、すぐに発車する。これはひょっとしたら定刻か?と思ったが、それは甘く、(本当は時速15キロ以下なのだろうが)通常よりもやたらゆっくりと進入して、結局松山到着は2分遅れであった。

2004.09.24(金)
今日の17Mは今治到着4分遅れの17時37分。大西で28Mと退避、この時点で7分遅れ、さらに松山到着10分遅れが確約された。理由は簡単。通常大浦退避の542Mと浅海と退避、通常堀江退避の544Mと粟井で退避する。いくらなんでも特急と退避しないからと言って早発するわけにも行かないだろうから、浅海18時02分発、粟井18時12分発となるのは目に見えている。つまり、伊予北条発なぞどうでもよい。粟井駅手前では2分ほど踏み切りを封鎖する。粟井から松山間は約10分。だから松山到着は18時22分となる。で、18時20分頃、今日の車掌が伊予鉄西衣山駅付近でのたまった。「列車約8分遅れで・・・」アホか、と言いたい。少しでも延着時間を少なくしたいと言う気持ちはわかるが・・・8分遅れは伊予鉄衣山駅付近通過時点だろうが!ここから、ワープする気か!あ、JR四国の旅行会社が「ワープ」か!?で、結局、当然松山到着は10分遅れの18時22分であった。

2004.09.22(水)
今治では17時22分頃に松山方面への臨時のスジがある。今日は2000系2両(2000型G車+2200型)が松山方面へ回送されていた。さて、本日の17Mは3分遅れで今治到着。伊予亀岡着は17時48分で、28Mは同49分に通過、17Mは同分同駅出発。結局松山到着は2分遅れであったが遅れに関する放送は一切なかった。

  

2004.09.21(火)
本日の23Mは4分遅れで今治到着。伊予亀岡運転停車時刻は20時56分、1034Dはすでに2番ホームに停車していた。同分同駅出発で結局松山到着は2分遅れであった。

2004.09.17(金)
本日の17Mは5分遅れで今治到着。伊予亀岡着は17時50分で、すでに28Mは2番線に到着していた。両者とも同50分発で、17Mの松山到着は2分遅れであった。

2004.09.16(木)
今日は仕事の都合で6M出勤であった。が、その列車が今治を過ぎて伊予三芳駅北側で事故を起こしたらしい。そのせいなのか、夕方から土讃線の一部で運転見合わせだからか、23Mは6分遅れで今治到着。伊予亀岡運転停車20時57分だったが、1034Dはまだ来ていない。同59分に通過し、23Mも同分出発。結局松山到着は6分遅れの21時26分であった。

2004.09.15(水)
今日は午後から松山出張だったので、7Mの乗車した。今治発も松山到着も定刻であった。

2004.09.13(月)
今日は23Mに乗る予定であったが、一度退社した後にやらなければならないことを思い出して、23M乗車は絶望となった。しかたなく、友人に無理を言って、彼の車で帰ったのであったが、なんと1034Dが30分以上遅れているのを伊予亀岡付近で見た。松山始発で折り返しでもないTSEがなぜ遅れるのだろうか、と思って午後10時過ぎに帰宅。するとなんと、「Islandしこく」さんからのメールで、192Dが粟井〜伊予北条間で軽トラックと衝突して、最大2時間遅れているという情報が入ったではないか。192Dといえば、伊予亀岡で9Dアンパンマン列車を退避するから、もし、私が通常どおりJR今治駅へ行ったと考えたら・・・

2004.09.10(金)
今日の17Mは今治到着4分遅れの17時37分。大西で28Mと退避、この時点で7分遅れの17時51分発。通常大浦退避の542Mと浅海と退避するため、浅海手前で徐行し、伊予北条18時08分発。と思ったら、通常堀江退避の544Mと粟井で退避するものだから、粟井手前で停車する。546Mとは三津浜で退避し、松山到着は9分遅れの18時21分であった。17Mは松山駅での折り返し時間に余裕があるから、あえておくらせたのであろう。いっそ、そのようなダイヤにすればよいと思う。特に大西で6分も停車するのであれば、今治発を遅らせるとか、粟井手前で2分も停車するなら伊予北条発を遅らせるとか。粟井手前で停車したら踏切で待つ車が迷惑だということなんか考えてないのだろうな、と思う。

2004.09.09(木)
今日は午後から休暇をとって、9Dアンパンマン列車・・・・・なんと、到着時間を過ぎてから、今治駅のアナウンス。「本日全車松山止まり・・・5両編成・・・」というところでピント来た。8000系L編成である。つまり、自由席は全くの逆方向。それだけの配慮が全くなされていない。最近のJR四国は特にひどさが目立つ。自由席は2両であったが、とりあえず窓側に座ることができた。列車での説明は「八幡浜〜双岩間列車事故で・・・」とあったから、10Dが遅れて、松山から予備編成8000系L編成となったと推測される。その9列車は今治を7分遅れで出発し、10Mとは逆に大西で退避、この段階で10分遅れ、松山到着は8分遅れであった。で、引上線に9Dアンパンマン列車4両がおり、1番ホームには22D(なぜか)5連、留置線に附属3連がいた。9列車も9D宇和島方面アンパンマン列車も2番ホームだから出発は少々遅れたと思うが、私は時間がないのでさっさと駅を後にした。つまり、本日の22Dは8連ということになる。

2004.09.08(水)
昨日は台風で昼前から全ての列車が終日運休し、知人の自家用車で帰宅すると言うことも考えられたが、全開のように翌日早朝のJRが運休なんてことも考えられるので、実家に泊まった。が、そういうときに限って早朝から定時に運行しているものである。さて、本日の17Mは3分遅れで今治到着。伊予亀岡着は17時48分で、28Mは同49分通過、17Mも同分発車。伊予北条発は18時01分で、結局松山到着はほぼ定刻であった。一般的に、今治駅の進入時、「ぺぽんぺぽん、まもなく2番ホームに・・・」というアナウンスとともに瀬戸の花嫁の音楽が流れるが、その音楽の終わった時の8000系の先頭の位置というのが大体一定している。で、その大体の線よりこちらに先頭が来ている(つまりは進入速度が速いということでもあるが・・・)場合は、その運転手は大体松山到着までに定時に戻そうとする意欲が見える。また、その逆の場合は大体逆に松山到着が遅くなったりする傾向にあるように思える。

2004.09.06(月)
本日の17Mは4分遅れで今治到着。詫間付近の線路際で陥没のため、一部徐行区間があり、新居浜付近のことも考えると、まあまあ早いほうだと思う。伊予亀岡着は17時49分で、すでに28Mは2番線に到着していた。両者とも同50分発で、17Mの松山到着は18時14分であった。

2004.09.03(金)
本日の23Mは5分遅れで今治到着。伊予亀岡運転停車時刻は20時57分、1034Dはすでに2番ホームに停車していたが、遠目でよく解らなかったが、少なくとも松山側1号車はTSEではなかった。結局松山到着は4分遅れであった。

2004.09.02(木)
今日は午後から夏季休暇をとった。帰りの7Mは今治発は定刻12時31分の2分遅れであった。大西駅に12時41分に運転停車、18Mは43分に通過し、7Mはすぐに発車した。で、松山到着は定刻であった。

2004.09.01(水)
今朝松山駅へ行くと、2000系アンパンマン列車7連が松山駅にいた。はて?昨夜はアンパンマン列車附属2連が坊っちゃんスタジアムであったプロ野球の増便で、宇和島へ行ったはずだが・・・が、現実に7連がそこにいる。はて?そういえば「Island四国」さんからの情報で、今日の22D、21Dは1号車がG車でなく、2150系と言っていた。その関係かもしれない。1052DもTSEだったし・・・さて、帰りの17Mは先週の暫定ダイヤ同様であった。本日の17Mは今治到着5分遅れであったが、予想どおり、大西で28Mを退避した。28Mは17時50分に通過した。その後の私は記憶がない。今日自家用車通勤したら居眠りをしていたかもしれない。で、松山到着は9分遅れであった。が、これが暫定ダイヤの定時ではないかと思う。

2004.08.31(火)
今朝6時前にJR松山駅に列車の運行状況をたずねたら、列車点検のため、運行再開はいつになるかわからない、という。まあ、気軽な客商売だ。他のJRグループのように夜間にせよとまでは言わないが、せめて、何事もなければ何時頃には運行再開位言えんのか?と思う。まあ、JR四国の体質から言えば無理な注文か?というわけで、今日は妻にかずまるの見送りを含めてタクシーで出勤してもらい、自家用車で出勤した。列車は松山〜新居浜の折返し運転のようであったが、一応特急はほぼ時刻表どおりのようであった。

2004.08.30(月)
本日は台風のため、下り方面は普通が午後2時以降、特急は午前中に運休になってしまった。このため、同期のS君に乗せて帰ってもらったのであった。明日の8Mは天候上は運行されると思うが、車両のやりくりはつくのかどうか、それが心配である。

2004.08.27(金)
本日は13Mが豊浜〜箕浦間で事故を起こしたとかで、予讃線はダイヤが乱れた。で、1時間休暇をとって、退社20分前に飛び出したところ、その13Mは約1時間22分遅れの16時58分に今治到着。前面のボンネット下のスカートがかなり損傷していた。ちなみに、今治駅情報では、15Mが17時40分頃、17Mが18時過ぎに今治に到着する予定だと言っていた。なお、上り列車はほぼ定刻に運行されていたというが、26Mは運休した。また、17時30分頃伊予和気で28Mを退避させた。28MはL編成5連であった。で、松山到着は17時35分であったが、1067Dは定時に出発していた。

2004.08.26(木)
本日の21Dは今治駅発は12分遅れの19時45分、予想どおり1032Mとは大西で退避する。が、21Dの方が本線である1番ホームに停車する。が、1032Mがやってこない。結局約6分遅れの19時57分に停車する。1032Mが停車するより先に21Dは動き始める。伊予北条では13分遅れだったが、三津浜手前で4664Mを退避するのに4664Mが遅れたため、三津浜駅手前で停車をしたため、松山到着15分遅れの20時27分であった。1034DTSEは引き上げ線におり、1番ホームでは、5、7、8号車が停車したまま、1034Dがホームに入ってきたのであった。

2004.08.25(水)
今朝8Mを待っていると、昨日出発と同時に停電になったL2編成が予備車に回っているのを見た。さて、本日の17Mは今治到着4分遅れであった。が、予想どおり、大西到着17時45分で、6分ほど運転停車をした後に28Mと行き違いをした。その後の行き違いも昨日と同様であったが、粟井駅手前では結構信号待ち停車をし、松山到着は結局9分遅れであった。通常今治〜松山間での行き違い変更する場合はあらかじめ、今治駅の駅員が運転士に打診する風景を見かけるが、今日は全くなかった。ここで、推測するのが、車掌が「本日関川〜多喜浜間徐行により列車遅れましたことを・・・」と散々言っていたが、実はこの運行は臨時ダイヤ上の定刻ではないかと言うことである。通常今治4分遅れならば伊予亀岡で退避する。が、上り列車はとにかく新居浜を過ぎると徐行区間がある。が、かと言って、それ以前の駅では早発はできない。という配慮のもと、上り列車優先のダイヤに変更されているのではないか?今日の運転士はたまたま職務に熱心で、本能的に本来の定刻に戻そうとして必死だったが、行き違いの停車が増えただけという結果に終わったのではないか、と思ったのであった。

2004.08.24(火)
今朝は1052Dが2000系TSEであった。さて、今日の8Mは回送直後にドアが開かない。車掌が8号車まで走っていって、ようやく扉が開く。が、車内は自動ドアと非常灯を除き停電している。車掌が「この列車乗務は嫌だ」と仲間にぼやいていた。しかも、7時19分発車直後に停電とともに列車が止まってしまう。これで職場にたどり着けるのだろうか。ここで運休になったら、そのまま後続列者に追いやられるから、止まるなら、走行中がいいな、と思ったり、いや、そうなったらクーラーが効かない。乗車したときもクーラーは入っていなかったが、乗客で満員の今の状態ではクーラーがないとたまらない。が、ともかく無事今治へたどり着く。が、帰りも大変であった。関川〜多喜浜間の不通区間が開通したものだから、徐行もあってかえって遅れる。17Mは今治到着6分遅れ。大西で28Mと退避、この時点で7分遅れ。通常大浦退避の542Mと浅海と退避するため、浅海手前で徐行し、伊予北条18時08分発。と思ったら、通常堀江退避の544Mと粟井で退避するものだから、粟井手前で停車する。546Mとは三津浜で退避し、松山到着は10分遅れの18時22分であった。

2004.08.23(月)
今朝は松山駅に8000系の予備編成がいないと思ったら、新居浜の現場でテスト走行をしていたようである。さて、夕方は豪雨で、長浜付近の海線と八幡浜〜伊予石城間が運休、そして、午後8時には予土線の一部も運休した。23Mは6分遅れで今治到着。伊予亀岡運転停車時刻は20時57分、1034Dは同58分に通過した。1034DはTSEではなく、一般塗装の2000系であった。時刻的に見てTSEは宇和島方面に取り残されていたのかもしれない。23Mは59分出発。伊予北条発の段階では5分遅れまでに回復したが、三津浜駅で信号待ちのためいったん停車。松山駅手前でも一旦停止したが、その後は通常速度進入で、結局松山到着は7分遅れであった。

2004.08.20(金)
松山駅の編成表を見ると、現在暫定ダイヤで4M、6M、8Mと3.本続けて8000系が出発することになっているが、昨日のとおり、日中は8000系2本に2000系1本である。その証拠に今日の17Mはほぼ定刻で今治駅に到着し、伊予亀岡で28列車を退避したが、これがアンパンマン列車であった。ということは、3本続けて8000系が出発して、なぜ8M出発時にもう1本の予備編成8連があるのだろうか?と疑問に思う。今日も1001列車は寝ていても正体がわからなかった。うーむ。で、17Mの松山到着はほぼ定刻であった。しかし、それにしても、新居浜〜松山間で折返し運転するのであれば、上り列車はともかく、下り列車は普通車全車自由席とするか、立席特急制度とすべきである。岡山方面からやってきて、バスに乗ったら、同じ指定席には絶対に座れないはず。で、4両の自由席は満席で立客が出ても、指定席は人がいない。第一、純粋に新居浜から松山方面へ指定席に乗車する者なぞ、まずいない。極端な話、アンパンマン列車の松山〜宇和島間に指定席2両も必要なのか?と常々思う。まあ、それがJR四国の体質なのか?と思ってあきらめるべきなのだろうか。と、4月に比べてだんだんとJR通勤客が減ってきている。

2004.08.19(木)
今日の16列車はアンパンマン列車であった。関川〜多喜浜間不通で、現在全ての列車が新居浜折り返しであり、予備編成を除くと3編成でローテーションをしているようである。で、帰りの7Mの今治到着は6分遅れであった。

2004.08.18(水)
今日8Mで通勤しようとすると、大雨の影響で川之江〜新居浜間で運休であった。8Mが今治に到着したときは、1003Mも到着していたが、シートが逆になっていた。ということは、伊予西条か新居浜で折り返したということである。で、1001Dは58分遅れで「いしづち3号」の方が「いしづち1号」より早いという結果となった。午後3時頃今治駅で確認したところ、伊予西条〜松山間は普通列車はほぼ定刻で、22D以降特急も運休とあったが、17Mは5分遅れで今治に到着していた。この場合、川之江〜伊予西条間代行バスを出しているのだから、普通は普通席全車自由席とすべきなのだが、JR四国にそんな考えはないだろうな。ちなみに、私は知人の車で帰宅した。

2004.08.17(火)
本日の21Dは今治駅で20分遅れの表示が出ていた。新居浜〜観音寺間の大雨の影響が出ているとのことである。4555Dは5分遅れの表示が出ていたが、定刻19時37分に先発。21Dは18分遅れの19時51分今治発。1032Mとは通常伊予亀岡退避のところ波止浜で退避のため2番ホームに入る。1032Mはほぼ定刻19時55分に通過し、21Dも同分発車。伊予亀岡20時05分通過、192Dが定刻同駅19時57分のところ、1番ホームに停車していた。21Dはその後大浦手前で一旦停車して、すぐ発車する。21D伊予北条20時18分着、ここで4555Dを抜く。先ほどの一旦停車は4555Dの影響と思われる。3番ホームには通常停車しているのであろう584M3連がいて、定刻発車していく。21Dは同駅19分遅れの20時19分発車。伊予和気で4664M退避し、松山駅には19分遅れの20時31分到着した。1034Dは2番ホームに停車しており(下の写真)、すぐに発車した。ということは、貨物は・・・?で、21Dは後ろ3両を切り離すとすぐ、9分遅れの20時34分頃発車、同時に後ろ3両は逆方向に引き上げられていった。

2004.08.16(月)
本日の23Mは6分遅れで今治到着。伊予亀岡運転停車時刻は20時57分、1034Dは同58分に通過、23Mは同分出発。伊予北条発の段階では4分遅れまでに回復したが、結局松山到着は5分遅れであった。

2004.08.11(水)
本日の17Mは盆ということで禁煙自由席が1、2号車だけであり、立客が出た。17Mは3分遅れで今治到着、伊予亀岡到着は17時49分、28Mはすでに2番ホームに停車していた。結局、松山到着は2分遅れであった。

2004.08.10(火)
本日の23Mは6分遅れで今治到着。久しぶりに最前列1号車1番で待っていると、これまたなんと、最前列の座席に座れた。伊予亀岡運転停車時刻は20時57分、1034Dも6分遅れの、21時00分に通過、同分23M発車。伊予北条では8分遅れとなる。さて、最前列だから見たいことがある。松山駅到着直前の信号待ち一旦停車であるが、今日はそのまま信号が黄色に変わり、23Mは通常速度で進入した。すでに1076Dは引き上げられており、ホームで誘導員が旗を振っていた。で、結局松山到着は7分遅れの21時27分であった。

2004.08.09(月)
本日から特急列車の自由席が4両から3両に減車される。さて、帰りであるが、上りの546Mは14分遅れ、30Mは4分遅れで今治到着。さらに、21Dの前に今治1番ホームに到着する4555Mが23分遅れというアナウンスがあり、先に21Dが7分遅れで到着した。サンライズが遅れたという情報があったから、普通列車はとのとばっちりを食ったのかもしれない。8号車は「メロンパンナ号」だが、自由席が3、4、6、8号車では色々と事情はあるだろうけど、乗客は悩むと思う。さて、21Dの伊予亀岡着は19時51分、だが、1032Dも遅れて、結局同55分遅れで同駅発。伊予北条では20時08分発と8分遅れになって、結局松山到着は8分遅れであった。1034Dの松山発にも影響が出るだろうから、予讃線は終日ダイヤが乱れそうだ。

2004.08.06(金)
今日の午後の下り便から全車岡山便となる。が、今日だけは8000系電車は通常の自由席配列(2〜5号車)となり、明日から全便が岡山行きとなり、自由席も1〜3号車に減車される。さて、今日は瀬戸大橋線で列車の遅れが伝えられていたが、今治駅に問い合わせると、サンライズ瀬戸が松山延伸中の23Mは2分延伸のダイヤが組まれているのだそうだ。というわけで、本日の23Mは8分遅れの20時49分に今治到着。伊予亀岡運転停車時刻は21時02分だっちが、1034Dも遅れている。松山折り返しでないTSEがなぜ遅れるのかは理解に苦しむ。が、ともかく、松山到着は21時28分であった。

2004.08.05(木)
本日の21Dは2分遅れの19時35分に今治到着。21Dは今日の22Dから8両編成であったが、8号車は昨日もそうだったが、「メロンパンナ号」は連結されていなかった。伊予亀岡到着は19時49分とこの時点で3分遅れ。なんで?が、1032Mも同駅通過が3分遅れ。伊予北条ではさらに1分遅れ、結局、松山到着は4分遅れであった。が、車掌は4分遅れを認識しており、松山で9分停車するとおっしゃっていた。

2004.08.03(火)
本日の17Mは2分遅れで今治到着した。伊予亀岡到着は17時48分、28Mは同49分に通過、17Mは同50分に同駅発。この時点で2分遅れであったのだが、松山到着はほぼ定刻であった。

2004.08.02(月)
本日8Mは松山定刻7時19分に出発したが、堀江手前で515Mを待った関係上、伊予北条発7分遅れ、さらに浅海〜菊間間徐行運転したため、今治着は8分延着。さらに、帰りは車両運用の関係で、なんと17Mが運休という。私は所要で1時間休暇をとって、1便早い15Mに乗車したので、難を逃れた。しかし、駅では15分遅れの表記、改札では18分遅れですとのこと。したがって、545M今治定刻16時43分発が3分遅れで先に出る。536M今治定刻16時43分着のところ2分遅れ、このため15Mは16時43分に到着するが、16分遅れの16時46分今治発。が、波止浜2番ホームに運転停車、16M退避、16Mは波止浜を約4分遅れの16時56分通過(8000系8連)。15Mは57分波止浜発。17時07分菊間手前で信号待ち、538Mは約13分遅れで菊間到着し、15Mは17時11分菊間通過。さらに、菊間から田之尻(国道トンネル付近)まで徐行。17時15分、浅海でさきほどの538M(浅海定刻17時03分発)を抜く。伊予北条定刻16時56分から24分遅れで出発。この時点で宇和海17号松山定刻17時25分発は15Mを待つというアナウンスあり。宇和島方面へ行く乗客が1号車方面へ移動を始める。が、さらに15Mは17時27分伊予和気2番ホーム運転停車、28Mはこの15Mの折り返しを待たずに発車し、17時32分伊予和気通過(8000系8連)、15Mは17時33分同駅発。三津浜17時36分通過し、542Mと行き違う。松山到着は定刻17時09分を30分遅れで到着した。が、松山到着した時はまだ1067Dは入線していなかった。

2004.07.30(金)
本日の17Mは4分遅れで今治到着した。直前に駅員が運転士あてのメモを持って現れた。行き違い変更である。伊予亀岡では、28Mが1番ホームに停車していて、17Mは2番ホームをそのまま17時49分に通過した。この時点で遅れはほぼ回復したのであるが、松山到着は18時13分であった。それにしても、あっさりと行き違い変更をしたということは、そのほかにも遅延等があったということ?

2004.07.28(水)
本日の17Mは2分遅れで今治到着した。まあ、この程度なら遅れという認識はJRにはあるまい。伊予亀岡運転停車時刻は17時47分、28Mは48分に通過、17M発車は悠長に49分出発したが、松山到着はほぼ定刻であった。

2004.07.27(火)
本日の23Mは4分遅れで今治到着。今治駅では遅延を示す掲示はなし。構内放送については、今治駅1番ホームに設置されている謎の建物からのコンプレッサーの音がやかましく、また最近松山側のスピーカーから音が出ないため、列車の到着の案内すら聞こえない状態なので、結局なんの説明もなし。列車の中でも車掌から遅延の情報は全くなし。伊予亀岡運転停車時刻は20時57分、1034Dはすでに2番ホームに停車しており、23Mは同分同駅発車。結局松山到着は3分遅れであった。

2004.07.26(月)
本日の17Mは3分遅れで今治到着したようだ。今治国際ホテルから眺めた。午前中の事故の影響でL編成5連であった。さて、23Mは2分遅れで今治到着。途中の駅は酔っ払って記憶はないが、松山到着は2分遅れであった。

2004.07.23(金)
本日の17Mは2分遅れで今治到着。帰省と思われる親子連れが多かった。伊予亀岡運転停車時刻は17時47分で、28Mは48分に通過、17M発車は48分出発。結局、松山到着はほぼ定刻であった。

2004.07.22(木)
本日の23Mは3分遅れで今治到着。伊予亀岡運転停車時刻は20時56分、1034Dはすでに2番ホームに停車していた。この時点で2分遅れに回復しており、伊予北条発は21時08分発であった。が、なぜか三津浜を通過した段階で21時19分。ちょっと遅くないかい?と思っていると、松山駅直前の信号待ちもたいしたことがなかったのに、結局松山到着は4分遅れであった。なーにをやっとるのだろう。

2004.07.21(水)
今朝松山駅で「ムーンライト松山」を見かけた。なんで?と思ったが、今年の夏は毎日運転ではなくて、主に週末に運転されるため、松山駅に1編成が留置される可能性が高そうだ。さて、今日は16時08分頃に瀬戸大橋線備中箕島〜早川間で「マリンライナー42号」と軽トラックが衝突したとの連絡が入った。17Mはすでに四国に入っており、今治駅に問い合わせて3分遅れで運転中との連絡を受ける。その17Mは4分遅れで今治到着。車掌が遅れたことのお詫びを何回も言うが、それ以降の便はいつくるか解らないのだから4分くらい・・・と思う。今治駅を過ぎると眼下に、今月18日に乗り継いだ福山〜今治間のバスを見かける。今日ならば間に合わなかったと言うことである。伊予亀岡運転停車時刻は17時48分で、28Mは50分に通過、17M発車は同分出発。伊予北条発18時01分で、結局、松山到着は定刻であった。

2004.07.20(火)
本日の21Dは4分遅れで今治到着。8号車は久々に「メロンパンナ号」であった。おおっ、これはかずまると乗りにこなければならないが、盆までにはなかなか乗る機会がないような気もする。伊予亀岡到着は19時50分、すでに1032Mは2番ホームに停車していた。指定席4両中、乗客がいたのは5号車に女性1名だけだった。ちなみに、4号車自由席喫煙車も3名だけだった。21Dは50分に発車し、この時点で2分遅れにまで回復したが、伊予北条で再び3分遅れ、松山到着も3分遅れであった。

2004.07.18(日)
本日の17Mはほぼ定刻で今治到着。伊予亀岡運転停車時刻は17時46分で、28Mは47分に通過、17M発車は48分出発。結局、松山到着は定刻であった。が、この後の19Mは観音寺〜豊浜間踏切事故で運転打ち切りの模様。松山駅では19Mがやってこず、21Dはほぼ定刻に到着する旨の放送がされていた。で、1032Mは松山駅の予備L編成5連で定刻松山を出発していった。

2004.07.15(木)
本日の17Mは17時34分に今治到着。今日は一転して混んでいた。伊予亀岡運転停車時刻は17時46分で、28Mは47分に通過、17M発車は48分出発。結局、松山到着は定刻であった。

2004.07.14(水)
本日の17Mは17時34分に今治到着。通常水曜日は混んでいるときが多いのに、驚くほど空いていた。伊予亀岡運転停車時刻は17時46分で、28Mは47分に通過、17M発車は48分出発。結局、松山到着は定刻であった。

2004.07.13(火)
本日の23Mは2分遅れで今治到着。伊予亀岡運転停車時刻は20時54分、1034Dは55分に通過したが、伊予北条発が21時07分であった。結局、松山到着は21時21分であった。

2004.07.12(月)
本日は出張の都合上7Mに乗車。今治到着はほぼ定刻の12時31分であった。大西で運転停車し、18Mは定刻12時42分に通過。松山到着はほぼ定刻の13時09分であった。

2004.07.09(金)
本日の17Mは2分遅れで今治到着。伊予亀岡運転停車時刻は17時47分で、28Mは48分に通過、17M発車は同分出発。結局、松山到着はほぼ定刻であった。

2004.07.08(木)
本日の17Mは2分遅れで今治到着。伊予亀岡運転停車時刻は17時47分で、28Mは49分に通過、17M発車は49分出発。結局、松山到着は2分遅れであった。

2004.07.07(水)
本日の17Mはほぼ定刻に今治到着。伊予亀岡運転停車時刻は17時45分で、28Mは47分に通過、17M発車は48分出発。結局、松山到着は定刻であった。

2004.07.06(火)
本日の23Mは4分遅れで今治到着。伊予亀岡運転停車時刻は20時55分、が、1034Dは少々遅れて56分に通過したが、伊予北条発が3分遅れの21時09分であった。が、松山到着直前の信号待ちの段階で、いやにだらだらと減速するなあ、と思っていると、停車してすぐに動き始めた。おおっと、思った瞬間、急ブレーキがかかって、そのまま3分停車。結局、松山到着は6分遅れの21時26分であった。

2004.07.05(月)
本日の21Dはほぼ定刻で今治到着。伊予亀岡到着は19時46分、だが1032Mは少々遅れて48分に通過、21Dは49分出発した。伊予北条は20時01分発であったが、松山到着はほぼ定刻であった。

2004.07.01(木)
本日の23Mは珍しくほぼ定刻に今治到着。伊予亀岡運転停車時刻は20時51分、1034Dは少々遅れて54分に通過したが、伊予北条発はほぼ定刻。結局、松山到着はほぼ定刻であった。

2004.06.30(水)
本日の17Mは4分遅れで今治到着。伊予亀岡運転停車時刻は17時49分で、28Mは50分に通過、17M発車は51分。結局、松山到着は3分遅れであった。

2004.06.29(火)
本日の朝も伊予市〜伊予長浜間運休であった。当分続くらしい。さて、21Dは定刻で今治到着。伊予亀岡到着は19時45分、だが1032Mは少々遅れて48分に通過、21Dは同分出発した。伊予北条で昨日同様下車客の切符集めに時間を要したが、結局、松山到着はほぼ定刻であった。

2004.06.28(月)
本日朝の通勤時、伊予市〜伊予長浜間が土砂崩れで始発から運休とあり、伊予長浜発4720Dは通常32系のところが7000系でやってきた。伊予市始発らしい。折り返し4725D伊予長浜経由八幡浜行きも伊予市止めで代行バスの模様。また、八幡浜発内子経由4620D(54系1両)が遅れたため、8Mは3分遅れで松山を出た。また、17Mはほぼ定刻で今治到着。伊予亀岡運転停車時刻は17時46分で、28Mは47分に通過、17M発車は48分。結局、松山到着は定刻であった。

2004.06.25(金)
今日はかずまるの看護のため、2時間休暇をとって乗車しようとした13Mは5分遅れで今治駅に到着した。24Mは大西駅2番ホームに到着しており、15時49分に通過。伊予亀岡通過時点で2分遅れとなっており、松山到着も2分遅れであった。

2004.06.24(木)
本日は今治駅17時22分発で2000系0番台と2200番台の2両が松山へ回送されていくのを見た。さて、17Mは2分遅れで今治到着。伊予亀岡運転停車時刻は17時48分で、28Mは50分に通過する。結局、松山到着は2分遅れであった。

2004.06.23(水)
本日は今治駅17時22分発で8000系S3編成3両が松山へ回送されていくのを見た。さて、17Mは2分遅れで今治到着。伊予亀岡運転停車時刻は17時47分で、28Mは48分に通過する。結局、松山到着はほぼ定刻であった。

  

2004.06.22(火)
本日の21Dは2分遅れで今治到着。伊予亀岡到着はなぜか19時48分、1032Mは49分に通過、21Dは50分に出発した。が、伊予北条で昨日同様下車客の切符集めに時間を要し、結局、松山到着は20時15分であった。

2004.06.21(月)
まさに台風が直撃しようとしている朝、8Mは全車高松行き、次の10Dは松山〜宇和島間不通で運休、次の12Mを最後に特急は全便運休。四国ではわずかに伊予西条〜今治〜伊予北条〜松山〜伊予市間相互運転の7000系のみが運行。運行開始後はなんと帰宅時の17Mが運休、私は21Dに乗車したが、7両編成で5分遅れで到着する。伊予亀岡運転停車は19時51分、すでに1032Mは到着しているが、なんとS編成3両であった。伊予北条では2分遅れであったが、8号車で騒いでいたおばちゃん3人組が下車するときにもめたようで結局4分遅れとなる。松山到着も4分遅れであった。実に40本の携帯メールが行きかった日であった。

2004.06.18(金)
今日は12時10分頃に9Dが人身事故にあったとかで、2時間休暇をとって乗車しようとした13Mは8分遅れで今治駅に到着した。24Mとは波止浜で離合するため運転停車をして、この時点で14分遅れ、伊予亀岡では16分近い遅れとなった。が、伊予北条通過は13分遅れ、伊予和気まで来ると12分遅れにまで回復した。が、三津浜では普通列車退避で駅の手前での停車があり、結局松山到着は14分遅れであった。ちなみに、それに接続する特急「宇和海」は通常TSEなのであるが、今日はアンパンマン列車であった。この時点で遅れたのはアンパンマン列車9Dと察したのであったが、やはり9Dが事故を起こしたようであった。

2004.06.17(木)
本日は出張の都合上7Mに乗車。今治到着はほぼ定刻の12時31分であった。大西で運転停車し、16Mは定刻12時42分に通過。松山到着はほぼ定刻の13時09分であった。が、よく考えると、伊予北条通過で、大西での運転停車が2分で、なんで38分もかかるの?とも思う。

2004.06.16(水)
本日の17Mは3分遅れで今治到着。伊予亀岡運転停車時刻は17時49分で、この時点で松山定時到着は無理となる。28Mは50分に通過する。結局、松山到着は2分遅れの18時14分であった。

2004.06.15(火)
本日の21Dは2分遅れで今治到着。伊予亀岡到着19時47分。なんで昨日より早いの?1032Mは49分に通過、21Dはすぐに発車したが、結局、松山到着は20時14分であった。

2004.06.14(月)
本日の21Dはほぼ定刻で今治到着。8号車は「クリームパンダ」であった。が、伊予亀岡到着はなぜか19時48分、1032Mは50分に通過、21Dはすぐに発車したが、この時点ですでに2分遅れている。なお、今日の192Dはキハ58+キハ65+キハ543であった。結局、松山到着は20時15分であった。

2004.06.11(金)
本日の17Mは3分遅れで今治駅到着。まあ、台風のことを考えれば、よしというところだろう。が、5人組のおばちゃん連中が席を占領しており、退散はさせたものの、松山に着くまで騒ぎ続けていた。まあ、このようなこともあろうとかと思って、私は常にMDを携帯しているが、これが重宝した。それにしても、伊予亀岡付近でたばこの臭いがする。が、見渡しても犯人がわからない。その伊予亀岡運転停車時刻は17時48分で49分に28Mが通過する。伊予亀岡発が50分。この段階で2分遅れであったが、結局松山到着は18時13分であった。到着直前車掌が「松山駅定刻到着です」と言っていたが、いかがなものだろうか。

2004.06.10(木)
本日の21Dは約2分遅れで今治到着。8号車は昨日の回送があったにもかかわらず、一般塗装車であった。伊予亀岡到着は19時47分、1032Mは48分に通過、21Dはすぐに発車。結局、松山到着もほぼ定刻であった。

2004.06.09(水)
本日の17Mはほぼ定刻は到着。伊予亀岡運転停車時刻は17時46分でほどなく28Mが通過する。菊間では昨日一般塗装だった「カレーパンマン号」が逆向きで回送されていた。で、結局、松山到着も定刻であった。

2004.06.08(火)
本日の21Dはぴったり定刻に今治到着。8号車は一般塗装車であったが、5号車は「メロンパンナ号」であった。伊予亀岡到着は19時45分、1032Mは47分に通過、21Dはすぐに発車。伊予北条も定刻で、結局、松山到着も定刻であった。

2004.06.07(月)
本日の23Mは2分遅れで今治駅到着。伊予亀岡着20時55分までは記憶しているのだが、今日も酔っ払って寝ており、松山到着まで気づかなかった。松山到着は2分遅れの21時22分であった。

2004.06.04(金)
本日の23Mはほぼ定刻で今治駅到着。が、今日は酔っ払って寝ており、松山到着まで気づかなかった。気がつくと周りには乗客が全くいなくて「まもなく扉をしめます」のアナウンス。あわてて扉へ急ぐ途中、列車の時計を見ると、松山到着は定時であった。

2004.06.03(木)
本日の23Mはほぼ定刻で今治駅到着。伊予亀岡は20時54分と今までの中で異常に早く到着し、1034Dも55分には通過する。伊予北条21時06分発、松山到着21時20分と全てが定時であった。土曜日に雨が降らなければ良いが・・・

2004.06.02(水)
本日は出張の都合上5Mに乗車。今治到着は2分遅れの11時33分であったが、その後は順調に走り、松山到着はほぼ定刻であった。が、松山駅到着前の信号待ち停車はいつもながら???を覚える。

2004.06.01(火)
本日の21Dは4分遅れで今治到着。先日の土曜日に欠車だった2152「ロールパンナ号」は今日は連結されていた。床もぴかぴかに磨かれており、靴がすべるほどであった。で、例のおばちゃんも乗車されていた。伊予亀岡到着は19時51分、1032Mはすでに2番ホームに到着しており、21Dはすぐに発車。ちょっと待て。今治〜伊予亀岡間通常12分で、今日はなんで14分もかかるの?伊予北条発は3分遅れの20時03分。西衣山を過ぎたところで20時14分、「本日列車約2分遅れて運転しております・・・」というアホな車掌もいる。結局、松山到着は4分遅れの20時04分着であった。

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