ランニング編

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 【2】 第49回愛媛マラソン!  その1  その2  その3  その4  その5

いよいよ再び市街地へと戻ってきた。声援が大きくなる。だが、下を向いてとぼとぼと走る私の格好はどう見ても、疲労困憊の図式である。だから、なんとなく私に向かって「がんばって!」という声援が送られているような気もする。

いや、私はまだペースは落ちてないんですけど・・・単に走るのがかったるくて・・・などと屁理屈述べても仕方ない。ただ、見た目には、疲労困憊のおっさんが、下を向いたまま、だが、廻りのランナーを次々と抜いていく・・・という奇妙な風景となっていたはずである。

  

昨年はこのあたりでは、ペースを上げればネットサブ4可能だと思ったところだが、と考えていると、その私を颯爽と抜いていく女性がいた。私自身のペースそのものも周りよりはずいぶん早いはずなのだが、それよりもかなり早いペースである。

一 瞬追っていこうと考える。心肺機能は心配ない。だが、膝の状態が気になる。もはや当初企んでいた3時間50分切りは不可能である。が、今の走りを維持すれ ばグロスサブ4は可能である。下手なことをして、がくっと来たら大変なことになるのではないか?という気持ちが自重を選択させる。とりあえず、40キロま では今のペースを維持して行こうと考えた。

考えた・・・そんなことを考えていたから、この場所にある給水ポイントに は、坊っちゃん団子があることを完全に忘れていた。昨年に続き、今年も坊っちゃん団子にありつくことはできなかった。だが、後で新聞を見たら、その場所は 完全に立ち止まっている方々であふれており、中には進行方向に完全に背中を向けている人までいる。こんな状態では、多分場所を判っていても、ありつくこと は至難の技だっただろう。あと4キロ地点を3時間33分40秒程度で通過する。前回と比べると、ちょうど1キロ先に進んでいる。ペースは下り同様5分15 秒を維持している。

いつもの練習コースを外れて39キロ地点へと向かい、膝の重さは変わらないものの、ペースは先ほど の5分15秒よりは遅くなったのだろうが、一応まだイーブンペースといえる。沿道の声援が大きく、それは大きな力となることがわかる。そして40キロは3 時間43分37秒、この5キロは27分16秒かかっている。35キロを過ぎてからペースが上がったことには違いないが、昨年と比べるとこの5キロは1分 04秒遅い。だが、グロスサブ4を視点を向けるならば、ぎりぎりまで無理をしないという意味では、戦法に間違いはあるまい。ここからゴールまでは、昨年は 10分26秒で走っているが、13分かかってもグロスサブ4は可能であろう。

ここへきて、40キロからのペースアップを見合わせ、残り1キロ程度でのスパートに切り替えることを決める。先ほど私を抜いていった女性は、100メートルほど離れた後は、それほど離れない。それどころか、40キロを過ぎてから段々と近づいているような気がする。

そして、ついに本町の大通りへと戻ってきた。妻子は往路同様、本町6丁目の消防署付近にいる可能性もある。だから、そのあたりではまともな格好をしておかなければならないだろう。

と いうわけで、まずは、視線を上へ向ける。まだペースは上がらない。41キロを過ぎる。あと1キロ地点まではペースは上げたくない。あと1キロ地点を過ぎ る。やっぱりペースアップは平和通の交差点まで見合わそう。それでも、先ほどの女性との距離は縮まってくる。妻子の姿は見当たらない。午後2時から南堀端 付近でかずまるの行事があるから、すでに堀之内にいるのかもしれない。「13時40分までにゴールインしないと、いないよ」とかずまるに言われていたが、 それまでにはゴールインできる。

そして、平和通を通過する。そこからようやくペースを上げる。前の女性との距離がさら に縮まる。そして札の辻の手前でついに追いつく。すると、再び左から女性の影が見える。多分私に抜かれて、ペースを上げたのだろう。私といえば、ペース アップを最後までしなかったから、まだスタミナだけはある。

左手に堀端が見え始める。ここからはいつもの練習コース だ。そこからはもう一度ペースを上げると、もう女性の姿は見えなくなった。しかし、今度はそのスパートで抜かれたおじさんが私に反応してしまったのだ。最 後はおじさんとスパートを掛け合いながら、ふたり並んで西堀端に入る。あと200メートル。

結局私はそのままペースを落とすことなく、レベルの低いスパート合戦に勝って、そのままゴールインした。最後はおじさんの前の3人ほどをまとめて抜いてのゴールインであった。

タイムは3時間55分36秒。

1年越しのグロスタイムサブ4をついに達成した瞬間でもあった。

ちなみに、かずまるはゴール地点に控えてはいたが、私のゴールは見ていなかったという。(2011.02.11)

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