ランニ ング編

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 【9-2】  第54回愛媛マラソン完走!   その1   その2  その3  その4

というわけで、第54回愛媛マラソンがスタートした。実のところ、今回ほど後ろ向きの大会は初めてだった。「アスリートエントリー」の 募集要領が送られたときもそうだったし、とにかく、「早く終わってほしい」「全ては次回へ」という思いが強かったことは事実。

昨年の大会直後からの不調が尾を引き、今シーズンはすべての大会で過去最低の記録しか出せない中で、なんとかキロ5分で37キロまでは 走れる実感を作ってきた。それが大会5日前になって、かずまるのまさかのインフルエンザ発症。その中でもとにかく、スタートラインへ立てたということに感 謝しなければならない。

  

とはいえ、本当に後ろ向きではあるが、この大会を終わらせなければならない。最初の1キロは5分12秒。グロスロスタイムを考えると、 4分53秒と実に理想的な入りができた。

あ とは、もはや手遅れかもしれないが、大会2週間前から「走り方を変えた」つまり「足を蹴り上げる」という走りを始めたことで、序盤のスピードが戻ったこ と。とはいえ、大会3日前に走ったら、蹴り上げているのは右足だけだったという事実。この事実からどれだけ脱却できるのか。

とりあえず、5キロを24分21秒、序盤の目標となる7キロを34分06秒で通過。昨年のような3時間30分のペースメーカーの大群に飲み込まれることも なく、なによりも、キロ5分00秒で走った場合に3時間30分58秒となる、その58秒の借金をほぽ返したことで、あとは自分との闘いとなる。

とにかく、今回は「後ろ向き」の自分があったことは事実だが、走り始めた以上は、後には引けない。とにかく、前半は向かい風というのが昨年と違うところだ が、ここまで愛媛マラソンコースを走りつくした私としては、むしろ昨年の風が異常だったと考える。

8キロを39分11秒で通過。これも今回の秘策であった。昨年はこの1キロを5分15秒かかっていた。すなわち、ペースメーカーのトラップに引っかかった わけだ。この遅さに業を煮やして集団から離れた方々が多々おられた。たぶん、ペースメーカーとしては、まさかここで追い風になるとは予期せず、大会スポン サーからの指示にあわせた設定速度で走られたと推測する。だが、その集団を離れた方々の中に、前年私のゴール直前にゴールされた方がおられたのだが、彼は 25キロで追いつき、最終的には私より10分遅くゴールされた。その事実を突きつけられると、私の判断は間違いではないと思うわけだ。

今日は自分のペースで走る。風は気象台の予想では北西のち北東の風となっている。そして、堀江を走る段階で既に北東の風になっている。すなわち、2年前同様既に向かい風になっているということだ。

向かい風は確かに苦しいが、考えてみれば、試走時は何度も経験したはず。いまさら、小細工をする必要はない。このままの風が続いてくれれば、後半は追い風 になるということではないか。

というわけで、10キロ48分52秒(5-10は24分31秒)、そしてかつて失速で悩まされたトンネル区間の終わる12キロを58分29秒で通過する。 この段階では、10-11キロの上り坂である往路大谷トンネル内で「上りの走りを忘れた」と後悔したくらいだ。

そして、12キロでは、私の持論として「(トンネル区間が終わった)ここで、30キロ走が始まると思えるか?」であるが、当然ながら「そう思えた」状態で 通過。

さらに、この光洋台の平坦区間となる12-13でペースが落ちない走りを心がけるところで4分51秒、その先に粟井川の上りがあるとはいえ、なぜかいつも キロ5分00秒となる13-14キロを4分50秒と順調に走り、15キロを1時間13分13秒(10-15は24分21秒)で通過する。

つまり、この時点で、残りをキロ5分00分で走り続けた場合、3時間29分13秒で走れることを意味する。ただ、このようなことを感じること事態、私の脳 裏は不安だらけだったということも意味する。

ただ、前回神戸マラソンのような前半で異状が発生するような事態にはならない。そして19キロでは、国道196号通称北条バイパスと離れ、ようやく正面か らの向かい風が終わる。

立岩川に戻る20キロを1時間37分41秒(15-20は24分28秒)、そして中間点を1時間43分07秒で通過。

単純計算では3時間26分台という、自己記録を大幅に更新できる状態だ。ただ、このときの私の思いは「自己記録の更新が狙える位置にある。だが、体調は万 全ではない。後半は追い風になる。慎重に行こう。ただ、これで3時間30分が達成できないとなると、どのような苦しみがあるのだろう。」だった。

そして、これから追い風となり、少なくとも32キロまではペースが落ちることはないと感じ、さらに、そこから37キロまでは、この1年間頑張ってきた区間 であり、走り方も計算しているから、37キロまでは貯金が減っていくことはないと考えたものだ。だが、考えてみれば、この貯金の秒数を考えることそのもの が、この1年間の不調と自分の弱さを露呈する結果となった。

(2016.02.15)

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