ランニ ング編

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 【9-4】  第54回愛媛マラソン完走!  その1   その2  その3  その4

第54回大会もいよいよ最終章を迎えた。初マラソンからの3回は、ここからペースを上げることができた。だが、サブ3・5を初めて達成 した3年前から、ラスト5キロはただ苦痛だけの走りが続いた。

とりあえずは念のためエネルギー切れを期待し、用意していた飴玉をなめる。だが、まったく関係なし。つまり、やはりエネルギー切れではなく、左大腿部の異 状でペースが落ち始めたのだ。

  

そして、その事態に追い打ちをかけたのが、「ラスト5キロの表示場所」だった。37キロから残り5キロすなわち37・195キロまでは 通常1分で通過する。だが、そもそもその表示場所が給水地点内にあることもあったのだろうが、37キロを通過して、ラスト5キロを通過するまでに1分20 秒かかったわけだ。

いや、いくらなんでも、それは「ラスト5キロの場所」がおかしいだろうと思ったのだが、精神的ダメージも大きかった。

愛媛マラソンコースを全て知り尽くしている私が、地点の場所の光景をはっきりと思い浮かべることができないのが22キロ、23キロ、 24キロと先ほど述べたが、39キロ地点もはっきりと思い浮かべることができない。理由は簡単、自宅と反対方向だから、39キロ地点の方へ向かって走るこ とがないからだ。だから、志摩整形外科医院前にある38キロ地点でペースを確認し、その後の対応を考えなければならない。

そして、38キロを3時間06分46秒で通過。ついに、この1キロで5分10秒かかる。4年連続の苦しみが始まった。今年こそは「笑顔 でゴール」と決めていたのに、今年も無理となった。

39キロを3時間12分06秒で通過。この1キロは5分20秒。3年前の落ち幅よりも大きい。まさに失速である。だが、次の1キロで5 分30秒を超えなければ、まだ危険水域とはならない。

40キロを3時間17分29秒で通過。35-40キロを25分50秒とサブ3・5を達成して以降最大のペースダウンとなる。そして39 -40キロを5分23秒は、「次の1キロで5分30秒を超えなければ」とはいえ、寸前のところまで落ちている。だが、この段階での貯金はまだ1分31秒あ る。サブ3・5だけを狙うのであれば、キロ5分30秒で走ってもまだ30秒おつりがある。とにかく歩かなければ達成できる。それだけを考える。

あの不調の中からここまで走ってこれたわけだ。そして、前半は2分20秒の貯金をつくることができた。サブ3・5は目前だ。次回大会は じっくりと体を作って、前半を今日と同様以上に走る。そして、必ず後半ペースアップし、最低でも3時間26分の走りをする。そして、目標としてはやはり3 時間20分切りをめざすトレーニングをする。

とはいえ、この段階で考えたことは、とにかく昨年の二の舞にならないこと。すなわち、この先転倒しないことだ。

本町6丁目の路面電車のシートで足を取られないよう慎重に通過し、そして本町5丁目にある41キロ地点を3時間22分49秒、40- 41キロを5分20秒で通過する。よもや、42キロまで6分かかることはあるまい。

というわけで、平和通りの交差点を過ぎたあたりからは、ペースアップも見送り、ただ転倒しないことだけを目標に走ってしまったから、こ の段階では自己記録という概念を忘れてしまっていた。

そして、42キロ地点を3時間28分02秒、41-42キロを5分13秒で通過。昨年の転倒場所となった最後の左折を慎重に通過し、堀 之内に入ったところで、ようやく自己記録に及ばないことに気がついたわけであった。

というわけで、自己記録に13秒及ばす、3時間29分台でのゴール。ただ、不思議と悔しさはなかった。むしろ、あの不調の状態でよくサ ブ3・5が達成できたものだという思いの方が強かったわけだが、同時にここまでサポートしていただけた方々への感謝の気持ちを忘れまいとも思ったわけだ。

そして、次回大会は文句なしの記録を狙う。(2016.02.23)

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